2023年を振り返る−苦しかった経験は未来につながる

今年も残すところあとわずか。2023年という年は私にとてつもない変化をもたらした年だった。大きな試練もあったし、胸が押しつぶされそうになるような悲しみも味わった。もがき苦しんだ期間は長かったけど、今私は落ち着いていて、とても前向きな気持ちになれている。

生き方が変わった年。そんな2023年に起こったことをここに書き留めておこうと思う。

目次

Take the high road – 人として正しいことをする

この経験に触れずに今年を振り返ることはできないだろう。人から嫌なことをされた、という経験だ。

人と人が関わる際、ちょっと嫌な思いをしてしまったり、悪気はないのに相手にそう感じさせてしまうことはあると思う。言葉が足りなかったり、勘違いもあるだろうし、受取り側のその時の状況や感情にもよるかもしれない。

でもこの件に関しては、意図的に攻撃的な言葉が私に向けられ、私はひどく傷ついた。理不尽な言い分に怒りと悔しさでいっぱいになり、自分に落ち度がなかったのか過去の出来事を何度も頭の中で分析しては、長い間自分のことを責め続けた。

でも、最終的に私は感情に屈せず、相手と同じ土俵で戦わなかった。悔しくて仕方がなかったからこそ簡単なことではなかったけれど、一大人として自分が思う正しい行動を取ることができた。それができたのは、愚痴を聞いてくれたり励ましてくれたパートナーや友人たちの存在が大きい。本当に感謝している。

そして見てる人はちゃんと見てくれている。淡々と対応をしたことで、自分は間違ってなかったことが分かったし、周囲もサポートしてくれた。


この出来事は今でも心の傷として残っているし、なんでこんな仕打ち受けなきゃならないのだろう、と何度も思った。ネガティブな感情に支配されそうになってはそれに抗い、また引きずられそうになる、という繰り返しの毎日でとても苦しかった。

誰かから攻撃を受けた時、自分にされたことを同じように相手にもやり返したいと思ってしまう、そんな感情が湧いてくること自体は自然なことかもしれない。少なくとも私はそう思った。でも、実際に同じように怒りをぶつけてしまうと一時的には気分は良くなるかもしれないけれど、きっと後から後悔する。状況が余計悪化する可能性だってある。

ものすごく傷ついたし悔しかったけれど、私は自分のレベルを下げながったし、人として間違ったことはしなかった。この事実に胸を張っていいと思う。

人生納得のいくことだけが起こるわけではないし、起こること全てに意味が見出せないからといってそれに囚われる必要はないと思う。同時に世の中には声を上げて怒らなきゃいけない時もある。勇気を持って自分や誰かのために立ち上がらなければならないことだってある。

でも少なくともこの件に関しては、I took the high road and I’m proud of it.

Be the change you want to see in the world – 私たち一人一人の選択は未来を変える

ちょうど去年の今頃。日本へ一時期帰国していた私は、ニューヨークへ戻る飛行機を待つ空港で、「世界で一番重要なスピーチ(ゲイリー・ヨーロフスキー)」という動画をYouTubeで見た。一時間ちょっとのこの動画を一気に見終わった私の中に、もう以前の生き方に戻るという選択肢はなくなっていた。私がヴィーガンとして生きることを決めた瞬間だ。

あれから一年。こんなに感情が強く揺さぶられた年は今までなかったと思う。

事実を知ってとにかく苦しかった

美味しい、楽しい、可愛い、気分が上がる、安くて便利なもの。私たちの日々の生活を便利で豊かにしてくれるこれらの多くは、かつて私たちと同じように痛みを感じ感情を持つ誰かの命だった。もちろん全ての生産者が同じでないことは分かってる。でも私たちが想像するよりもずっとずっと多くの場合、目を背けたくなるような苦しみがそこにはある。それに気づいた時、衝撃を受け、胸が張り裂けそうだった。

ほんの一年前まで何も知らなかった私は衣食住全てにおいてそれらの商品を消費していたわけだけど、もっと早く気づけなかった自分に苛立ちを感じたし、今すぐなんとかしなければという焦りと、自分は何も行動できていないという罪悪感との狭間で悩み続けた。

更に、動物を搾取することは、今待ったなしの気候変動や、人権問題、様々な差別・抑圧に影響していることも知った。現代社会のシステムの歪みや利益の追求により生まれる犠牲を考えると、政治や企業などマクロなレベルでの抜本的な改革や、より持続可能なシステムへ移行するための代替的な対策も必要不可欠。考えれば考えるほど事の重大さに無力感を感じざるを得なかった。

悲しみは消えない、だけど今前向きな気持でいられる理由

ヴィーガンとはヴィーガニズムという生き方を実践する人。ヴィーガニズムとはざっくり言うと、実践不可能でない限り生活全般において動物を搾取をしない、ということ。残念ながらヴィーガンと聞くとなんだか制限が多そうだなと思われたり、ネガティブなイメージを持たれることもまだまだ多い。でも私にとってヴィーガンとして生きることは決して特別なことでも辛いことでもなく、とっても自然なこと。

食べれない、買えない、着れない。ないないばかりに注目しがちだけど、レシピや食材のレパートリーが今までより増え、長年悩んでいた体の不調が改善した。新たな学びを始め、同じ思いを持つ尊敬できる素敵な人たちと沢山出会えたことで世界が広がった。今あるものを大切にしながら可愛い古着を探したり、新たな楽しみが増えた。

2023年は数々の衝撃を経験し、とことん自分の感情と向き合った年だった。でもヴィーガンライフを選択したことで、自分の気持ちに正直に、信念に沿って生きられるようになった。余計なものが削ぎ落とされて、シンプルで心地良い生活を送れるようになった私は今とても満たされている。

もちろん葛藤が消えたわけではないし、動物たちのことを考えると今でも苦しくなる。動物のことだけじゃなく、環境問題、差別・抑圧、消えない犠牲。残念だけど今すぐに解決することではない。問題があまりにも大き過ぎて途方に暮れるし、自分にできることなんかないんじゃないかと思ってしまう。

Be the change you want to see in the world

そんな時思い出すこの言葉。直訳すると、「あなたがこの世で見たいと願う変化にあなた自身がなりなさい」となるのだけど、自分は全然行動できてないと思っていた私に、個人の力を決して過小評価しないで、私たち一人一人には社会を変える大きな力がある、と言ってくれているような気がする。

ヴィーガンという生き方を選択したことだって立派な行動だし、どんなに小さく思えるアクションも意味のないことなんてない。それが一人、十人、百人、増えれば増えるほど大きな変化につながる。

誰かがなんとかしてくれるのを待つんじゃなくて、誰かが変わってくれるのを期待するだけじゃなくて、まずは自分が変わる。まずは自分ができることをやる。慣れ親しんだやり方を変えたりコンフォートゾーンから抜け出すことはエネルギーを要するし時に勇気がいる。でも、この言葉のお陰で私は一人一人が持つ力を信じられるようになったし、日々の自分の選択の積み重ねが未来を変えられると信じている。


ここ数年、常に自分探しをしていた気がする。仕事を辞めてニューヨークに移住。社会復帰を目指しつつ、やりがいや自分らしさを模索すればするほど自分は何がしたいのか、何ができるのか、分からなくなっていた。周りはみんな着々と行動し活躍の場を広げていっているようにしか見えなくなって、自分だけ置いてきぼりになるような感覚もあった。

そんなブレブレだった私にヴィーガンという生き方は確固たる軸を作ってくれた。答えはいつも自分の中にある。自分で選択して自分で決めたことだから悔いはないし自信が持てるようになった。

ヴィーガニズムと出会い、とことん味わった悲しみや無力感、罪悪感。これらの感情を私はもうネガティブに捉えていない。だってこれは私がヴィーガンになった原点で、今原動力となってくれているのだから。できることから一つずつ、より良い未来を信じてこれからも心地の良いヴィーガン生活を続けていきたい。



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この記事を書いた人

2019年ニューヨークに移住。海外生活21年目。海外での暮らしや子育て情報、日々の気づきを発信しています。

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